Books

斜め読みで気になった本たち。必ずしもお薦めするわけではないけれど。



『仏教が好き!』河合隼雄+中沢新一共著 朝日新聞社(2003.8刊)
近ごろの「仏教ブーム」を牽引している本。ユング派臨床心理学の大家・河合隼雄氏と仏教に帰依する宗教学者・中沢新一氏の対談は、キリスト教やイスラム教と仏教との対比から始まり、両者の広い学識が披露されながらまさに縦横無尽に展開する。仏教入門ではなく、まさに書名の通り仏教ファンの二人が、宗教学、人類学、心理学、量子論まで動員して仏教をああも語れるこうも語れると遊んで見せたような楽しさにあふれる。それでいて本書中の「幸福の黄色い袈裟」という章では、「仏典には『幸福』という言葉はない」「西欧的幸福は我執に含まれる」として、チベット人僧侶の「どんな素晴らしい恋人との楽しい語らいも、時が経つとともに色あせてくるだろう。お金や勲章は幻影にすぎない。そういうものは、けっして本当の楽を、私たち生物に与えてはくれないのさ」という言葉を紹介するなど十分に説教的。(2003.12)


『親鸞と暗闇をやぶる力』上田紀行+高史明+芹沢俊介共著 講談社α新書(2003.9刊)
文化人類学者として「癒し」という概念を日本に定着させた上田紀行氏、「親鸞論集全三巻」を昨年刊行した高史明氏、家族・子ども・教育問題に鋭い発言を続ける芹沢俊介氏による鼎談。「人間は闇や悪から多くを学ぶ」は、上田氏と高氏による「現代に闇がないことの闇」という提起から、身体性から分離してしまったいのちが結果的にいかに孤独に陥るかが語られる。三者により模索される「生きる力」。鼎談の司会を務めた二階堂行邦氏の「責任という言葉の前提は、私にかわるものはないということ」という言葉は深い。(2003.12)


『禅的生活』玄侑宗久著 ちくま新書(2003.12刊)
僧侶として、小説を書くことに自ら責任を負っている玄侑氏のこれは余技(とあえて言う)。仏教を語る上での知識の限界を承知した上で、あえて戦略的に大脳生理学や心理学を適用させて禅語を読み解く。本書により「一人でも多くの人に楽で元気になってほしい」(2003.12)


『彩花がおしえてくれた幸福』山下京子著 ポプラ社(2003.11刊)
「酒鬼薔薇」事件から7年。娘を殺された著者は、加害者への切なる思いを記し続ける。「絶望が希望に変わっていくことなどありません。絶望を抱えたまま、地獄の苦悩を抱えたままで、それでもなお希望を生み出していくことが人間にはできるのです。」(2003.12)


『哀愁的東京』重松 清著 光文社(2003.8刊)
重松清作品には救いがある。でもそれが安易なものではまったくないために救いと受け取ってくれるか、ダウンしている人に薦めたいのに躊躇してしまうのはその不安から。(2003.11)


『養老孟司の〈逆さメガネ〉』養老孟司著 PHP新書(2003.8刊)
どうしてもベストセラー『バカの壁』の二匹目のドジョウ的に見えてしまうんだけど、こちらの方がより分かりやすいと思います。言ってることは一緒。私は私、と頑迷に固まっていることから多くの不幸が生まれる、というのはまんま、仏教の諸行無常教説のかなり正確な解説になっています。(2003.10)


『口のきき方』梶原しげる著 新潮新書(2003.9刊)
ニュースステーションの久米宏の後釜に最適なのは梶原しげるなんだよ。この人のアナウンサーとしての運動神経は、必ずしもテレビ的ではなくラジオに親しいかもしれないけれど、久米以上の鋭さを必ず見せる。(2003.10)


『何も願わない手を合わせる』藤原新也著 東京書籍(2003.8刊)
御利益などではなく死者の供養や自身の鎮魂のためであれ、世界平和のためであれ、「○○のため」の祈りなどはすべて卑俗から逃れられないとの思いから祈ることを避けていた著者は、四国のとある札所で、願いを伴わない合掌と遭遇する。そこに念仏はなかった。しかしそれが念仏にほかならない。(2003.10)


『殺し屋1(全10巻)』山本英夫著 小学館(1998.7〜2001.8刊)
『ホムンクルス』の面白さに誘われて、やっと手を出してみた。3年間も連載しながら、わずか二週間ほどの話。ただただ人が切り刻まれていく。汚く、陰惨に。その描写はファンタジーへ通じていく。主人公イチがラスト近くで見せる笑顔は、歌舞伎町の仕業。しかし彼が救われたのか、それともただ闇から虚無へ移動しただけかはわからない。(2003.10)


『最強伝説 黒沢』福本伸行著 講談社(2003.8刊)
主人公の黒沢に共感する、と表明することは俺もホントに情けなくいじましい人間なんだとカミングアウトするに等しい。あ、とっくに御存知でしたか。それもまた黒沢的。(2003.10)


『こわい本』楳図かずお著 朝日ソノラマ(2003.7刊)
Vol.4に収録されている『闇のアルバム』を読むためだけに、中学生の私はビッグコミックを買っていた。当時から恐怖マンガの第一人だった楳図には意外にも心霊物は全くない。楳図の恐怖はすべて、人間の(特に美への)執着に起因している。(2003.10)


『富良野風話この国のアルバム』倉本聰著 理論社(2003.5刊)
哀しくてやがてオモロくて、それが哀しくてだから笑っちゃう。これがこの人の作品の真骨頂であり、10代の私は決定的影響を受けたもの。近年のエッセイではなかなか笑わせてくれなくなったが、それでもたとえばこの本の中では「銅像」。終戦直後、貧困の狭い我が家に持ち込まれ、結構な空間に鎮座していた祖父の銅像。やがて売られていくそれを見送る祖母の思いにはホロリと笑ってしまう。(2003.8)


『新宿歌舞伎町駆け込み寺』玄秀盛著 角川春樹事務所(2003.4刊)
命のやりとりを陰で表でさんざん重ねてきた著者が余命一年の可能性もあると診断されただけで人生が変わってしまう。無茶ができたのは命を落とすわけなどないという根拠なき自信ゆえだったのか?しかしその経験が一番生かされる場所をよく探してくれたもの。(2003.8)


『強い工場 モノづくり日本の「現場力」』後藤康浩著 日本経済新聞社(2003.5刊)
日本の製造業の底力のレポート。というと『プロジェクトX』を思い出しますが、ことさらドラマ仕立てで盛り上げなくても、モノづくりにおける創意と情熱はそれだけでワクワクさを誘います。生産拠点を海外に移すことはワクワクを移してしまうことにもなる。『プロジェクトX』でも言えることですが、モチベーション向上のポイントは顔が見えること。「名無しの権兵衛さんのためにつくっているより、誰のためにつくっているのか、はっきりわかったほうが真剣になれる」(2003.8)


『ホムンクルス1』山本英夫著 小学館(2003.8刊)
おもしろい! 第六感を発揮させるという頭蓋骨への手術により、外界の人間たちの他面を観ることとなった主人公。その他面というか異形の在り方がまさに不安そのもの。(2003.8)


『地球文明の未来学』ヴォルフガング・ザックス著 新評論(2003.1刊)
『環境危機をあおってはいけない』がターゲットとしている本とも思えますが、併読がオススメ。「ひとつの世界」という言葉に象徴される西洋の膨脹主義への厳しい批判。「環境」は9.11以後の世界を読み解く一大視点です。(2003.8)


『環境危機をあおってはいけない』ビョルン・ロンボルグ著 文藝春秋(2003.6刊)
あの「危険な話」を嚆矢として、環境問題はしばしば恐怖を煽る形での問題提起がなされてきた。しかし個人の内面の倫理的作業ならともかく、現実改善を志すならば、まず必要とされるのは何よりも冷静さ。でなければわれわれはオウムの諸犯罪を嘲うことも嫌悪することもできない。(2003.8)


『謎解き少年少女世界の名作』長山靖生著 新潮新書(2003.6刊)
「最後の授業」が倒錯とも呼べる歪んだ愛国心に基づいた作品であることは比較的有名ですが、「宝島」を経済小説と喝破されたのには目からウロコ。経済感覚を欠くことこそが冒険の醍醐味と考えがちな日本人の冒険観は完全な錯覚であるという指摘に納得。(2003.8)


『弘兼憲史の回文塾』弘兼憲史著 小学館(2003.7刊)
バカだねー。もう、ほんとにバカ。こんなバカな本、買わずにはいられないじゃないですか。(2003.8)


『TRUE COLORS』さそうあきら著 イースト・プレス(2002.12刊)
一話4ページの連作。破綻寸前の精神や沸騰する臨界の感情があくまで静かに綴られる。やはりこの人には静謐の二文字がふさわしい。(2003.8)


『サイキック・マフィア』M・ラマー・キーン著 太田出版(2001.3刊)
霊能者としての名声を欲しいままにしていた著者が一転、自らの能力がすべてマジックであったことを暴露した本。しかし著者が観客(信者)に真実を告白しても誰もが皆、認めなかった。心理学で「認知的不協和の理論」というこの心理、人は自分だけはどうしても裏切れないらしい。(2003.8)


『「世界」とはいやなものである』関川夏央著 NHK出版(2003.7刊)
秀逸な書名。今の日本人の気分を言い表して不足ない。この20年間東北アジアを見続けてきた著者は、日本の近年を「島国根性という言葉も聞く機会がない。社会的規範が崩れ、緊張感も失われて向上心が消えた。従って自己嫌悪の衝動も去った」と評す。北朝鮮を糾す諸文は扇情的でないだけ内奥まで達する。(2003.8)


『ヒミズ(全4巻)』古谷実著 講談社
ヤングマガジンってこんな漫画を載せるほど成熟してたのか?娯楽のかけらもないぞ。生の無意味に抗うことでより絶望を深めていく中学生。長崎の彼が読んだら?闇を知らぬ彼は幼すぎて理解できまい。(2003.7)


『力の在り処(上・下)』榎本ナリコ著 双葉社
上巻だけ読んだ時は、下巻で泣かされるとは予想しなかった。作者が意図した通り安物のゴレンジャー戦隊ものと思ったのですが、やられました。他者の不在が力になるという希望をストレートによくぞ描いてくださいました。(2003.7)


『新宿二丁目のほがらかな人々』新宿二丁目のほがらかな人々著 角川書店
たぶん私が初めて「教養」なるものの存在を知ったのは伊丹十三氏の一連のエッセイによってだったと思う。あの時の、この人はなんでこんなことを知っているんだろう、という驚きはこの本によって再現された。教養を身につけた大人になりたい、というかつての憧れそのものの願望は、本書によって私にはとてもかなわないものだったと知らされる。(2003.7)


『ぼくたち、Hを勉強しています』鹿島茂×井上章一著 朝日新聞社
読んで得をした気に全然ならないんだけど、なんか好き。知識をひけらかそうとかいうスケベ心はない(でも本来のスケベ心満載)なところがいいですかね。(2003.6)


『「愛国」問答』香山リカ+福田和也著 中公新書ラクレ(2003.5刊)
いきなりともいえる「ナショナリズム考」流行の勃興に戸惑う二人。福田和也が自らをトリックスターと堂々と自認している。なんだ、いい人じゃない。人の尊厳をリナックスの在り方に見るところなどは本当に教育的だと思います。(2003.6)


『それでいい。』佐藤久文著 集英社(2003.3刊)
「ヤンジャン(ヤングジャンプ=マンガ雑誌)にこんなに泣ける漫画があったのか!!」という帯を無邪気に信用して買ってしまいました。結果は大正解。やはり素直な性格は得をするものです。4ページ完結のショートストーリー。今流行の短編映画の例を思い出すまでもなく、短く言えることならはじめからそうしてよ。(2003.6)


『一九七二』坪内祐三著 文藝春秋(2003.4刊)
一九七二といえば連合赤軍であり田中角栄であるのはもちろんですが、私的にはそれとまったく同じ重みをもってキャロルがあり、チビッ子毛語録があったのです。かの時代に於ける少年犯罪の「現代性」、そしてかの時代での北朝鮮評価から照射される私たちの「自由」への指摘は考え続ける意味多し。(2003.6)


『疲れすぎて眠れぬ夜のために』内田 樹著 角川書店(2003.4刊)
「最近の人は利己的だというがそうは思わない。単に「己」が狭隘なだけだ」この言葉、寺の門前に張り出させていただきました。戦後民主主義についても、「それが虚構でしかないことを彼らは熟知していました。(だからこそ)父たちの世代は本気になって、それを守ろうとしたのです。」そうだよ。そういう機微がなんでもっと語られないのか。(2003.6)


『14歳からの哲学』池田晶子著 トランスビュー(2003.3刊)
ああ、かつて(私が20歳の頃、今から20年くらい前)橋本治がはたしていた役割を今担っているのがこの人なんだ。ちゃんとした哲学書というのは本来の意味での実用書です。(2003.6)


『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』森 達也著 晶文社(2003.4刊)
迷い続け、戸惑い続け、考え続けることを堅持する著者の愚直とも表現できる姿勢が今ほんとうに美しく見える。この国を思い憂うというのはこういうこと。今流行のナショナリズム本の真ん中に置かれるべき本。(2003.6)


『趣味は読書。』斎藤美奈子著 平凡社(2003.1刊)
ナンシー関亡き後、継ぐものなしと思われたツッコミ芸はこと文藝に限ってだが斎藤美奈子が十全に担っている。誰もが無視をした『光に向かって100の花束』(これの仕掛け人が井狩春男とは。「男を下げた」とはこのこと)を読んだ上できちんとバカにしてくれるのも、ご苦労さまなことです。(2003.5)


『国会議員を精神分析する』水島広子著 朝日新聞社(2003.5刊)
副題「『ヘンな人たち』が生き残る理由」。面白かったですー。日本の選挙制度、というより選挙風土は「自己愛性人格障害」全開の人々の本領発揮の場として最高のもの。この「自己愛性人格障害」、第三者として見られれば笑っていられますが、隣にいたらやだよー。具体的に私、何人も知っていますが(夫婦ともにのケースさえ)。(2003.5)


『質問する力』大前研一著 文藝春秋(2003.3刊)
齋藤『質問力』と並んでいるので「質問ブーム」か?と思いそうですが、齋藤氏の「質問」が対話上の「切り口」なのに対してこちらの「質問」は「裏読み」程度の意味です。書名は『裏を読む力』あるいは『私はいかに騙されずに儲けてきたか』が正しい。言っていることはそりゃそうなんだけどなあ。(2003.4)


『質問力』齋藤孝著 筑摩書房(2003.3刊)
ブレイク、という言葉が彼ほど似合う男はいない。毎月毎月発行される著書の中で、感心させられ度では上位にあると思われる本。他の教科書本と同様に良書のエッセンスの読み取り方を軽快に指南してくれます。この人、本当に読書が好きなんだなあということが伝わります。でも書物上の対談録は、即実践の参考とはなりづらいかも。(2003.4)


『手紙』東野圭吾著 毎日新聞社(2003.3刊)
犯罪被害の悲惨は被害者当人に留まるものではなく近隣者にも及ぶ。同様に、加害者が受ける罰も加害者当人には留まらない。繋がりの中にしかいない彼そして私にとって「重要なのはその人物の人間性ではなく社会性なんだ。今の君は(その)大きなものを失った状態だ。しかしね、本当の死と違って、社会的な死からは生還できる」その方法は・・・(2003.4)


『トキオ』東野圭吾著 講談社(2002.7刊)
明日だけが未来じゃない。そのことが夭折という言葉さえ無意味化させる。いつ亡くなったとしてもそれは道半ばじゃない。死して後も、親を導いていく子どもはいるんだ。最後の一行でシメる東野圭吾得意技がまたまた光る。(2003.4)


『怒る技術』中島義道著 PHP(2003.2刊)
たぶん、本当に怒りを実践されている方なのでしょう。でもそれは、嫌な奴等とキレずに共存(共生にあらず)するための手段。人とつきあうことはそもそも厄介なのだという美しい諦観。(2003.4)


『SUGAR 1〜4』新井英樹著 講談社(2002.4刊〜)
ボクシングマンガ。天才少年が例によって過剰な迷惑を振りまきながらのし上がっていく。新井英樹はここにおいても主人公に容易に感情移入させない。むしろ、選ばれなかった者の絶望をこそ描きたいのか?(2003.4)


『20世紀少年 12』浦沢直樹著 小学館(2003.4刊)
1971年なあ、たしかに、1971年って記憶に薄いんですよ。1970年や1972年は鮮明に覚えているのに。設定が本当にうまいなあ。(2003.4)


『ゲームの名は誘拐』東野圭吾著 光文社(2002.11刊)
「人間を掘り下げず」に、しかしほっこりとした世界を創出させる東野圭吾の芸が嬉しい。またまたラスト一行でにやりとさせてくれました。(2003.2)


脚本通りにはいかない!』君塚良一著 キネマ旬報社(2002.9刊)
「人間を掘り下げない」という志の高さよ。「野獣狩り」観たいですー。(2003.2)


『敗戦真相記』永野護著 Basilico(2002.7刊)
日本の知性がかつてここにあった。知性とはやっぱりバランス感覚だ。ここで語られたことは当時たぶん「後出しジャンケン」と受けとられたんじゃないかな。でもそれ今読み返してまるで今日的批判になっていることは教訓にしてもいい。(2003.1)


『アホでマヌケなアメリカ白人』マイケル・ムーア著 柏書房(2002.10刊)
アメリカの知性が今ここにある。知性とはその80%がバランス感覚なんだと思う。(2003.1)


『見城徹 編集者 魂の戦士』NHK「課外授業ようこそ先輩」制作グループ編 KTC出版(2001.12刊)
これだけ多くの物語が世にありながら、あえて創作をせざるをえない作家たちの内事情が想像できない私は、自身の才能に絶望して編集へ進んだ見城氏の情熱に深く共感する。もちろんそれ自体思い上がりですが。彼の、作家の持ち物を最大限引きだそうとする情熱は小学生相手だからこそ嬉しく結実する。(2003.1)


 

 

2002年にお薦めした本

2001年にお薦めした本

他力本願に生きる寺・延立寺

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