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斜め読み。でもお薦めしてしまう数々。



『からくり民主主義』高橋秀美著 草思社(2002.6刊)
今年上半期での一番の収穫。書名の「からくり」とは「裏のしくみ」などと思いがちだがそうではなく、「内部では理解不能な仕組でありながらなぜかうまく作用している」というような意味と見た。ついつい分かりやすい図式を求めてしまう自分の単純さと向き合わせてくれる。最後の一行でオチをつけるサービス技にも拍手。(2002.8)


『祝福屋福助』業田良家著 小学館(2001.10刊)
真ん真ん中のストレート。でも、いや、だから、泣けた。「自分は自分を喜ばすことはできない。」この真理、言葉としては他では聞いた記憶がないのですが、業田氏のオリジナルなのでしょうか。(2002.8)


『調理場という戦場』斉須政雄著 朝日出版社(2002.6刊)
ステキなステキな本。仕事に溺れ、仕事に疲れ、仕事に迷い、でも仕事に生かされている全ての人に。(2002.8)


『海馬』池谷裕二+糸井重里著 朝日出版社(2002.6刊)
この本のあとがきをそのまま記します。「池谷さんと脳の話をして、ぼくは『勇気』をもらったように思います。『道理として、人間はあんまり悲しい生き物じゃない』んだと、わかったような気がしました。科学は人のためにあると思えました。いい時間を共有できて、ほんとうに感謝しています。 糸井重里」心から、同意します。(2002.8)


『愛と憎しみの韓国語』辛淑玉著 文春文庫(2002.5刊)
「在日」という視点の貴重さを知らせてくれる好著。在日からこそ見える韓国そして日本の無様さ。付き合いきれないとは思いながらもそれらは必ずしも否定されるものではなく、個性でもある。他者と関係するレッスン。(2002.8)


『「田中真紀子」研究』立花隆著 文藝春秋(2002.8刊)
抜群におもしろい。田中真紀子よりむしろ田中角栄への言及に多くを割き、高度成長以降の日本の政治様態を突く。角栄的なものの負の遺産の大きさよ。(2002.8)


『ピンポン (全5巻)』松本大洋著 小学館(1996.9〜1997..8刊)
松本大洋ってデビューしたての頃は読んでいたんだよなあ。独特すぎる画とコマ運びについていけずに次第に離れてしまって、『ピンポン』を読んだのもこの夏初めて。マニアとポピュラリティの稀有な融合。読む気にさせてくれた映画化に感謝。(2002.8)


『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』宮崎駿著 rockin'on(2002.7刊)
稀代のインタビュアー渋谷陽一により引き出された力強い言葉。「もっと駄目になるとわかっている日本で生きていかなきゃいけないその友人の娘がチョコチョコっと歩いてきたらね、この子が生まれてきたことを肯定せざるを得ないよね」「どんな状態になっても世界を肯定したいっていう気持ちが自分の中にあるから、映画を作ろうっていうふうになるんじゃないか」。巨人がここにいる。(2002.8)


『流血の魔術 最強の演技』ミスター高橋著 講談社(2001.12刊)
昨年来テレビのマジック番組はほとんどがネタバラシを中心としている。マジックはネタをバラスことで進化するなどともっともらしいことを言いながら実質は他人の発案を盗んでいるだけの品性低劣なもの。で、この本、プロレスの内幕を暴露してファンの夢を粉々にしたと非難する人は多いだろうなあ。でもこれが読んでいて手品のネタバラシのような不快感を覚えないのは、単なる暴露や告発ではなく、プロレスにおける価値観の整理になっているから。そしてそれがプロレスのよりよい発展への提案につながっているから。「プロレスでは誰が強いかは話題にならない。誰が上手いかが評価基準になる」には納得。(2002.8)


『韓国N世代白書』金相美著 トラベルジャーナル(2002.7刊)
「○○世代」というくくり方がまだ健在な韓国で現代の若者を表現したのがN=ネット世代。歴史観の相違の場面で登場する以外の韓国の現在が紹介されます。(2002.8)


『1ミリでも変えられるものなら』上原隆著 NHK出版(2002.5刊)
自分を語る。何事かを主張することなく静かに。情けなくもあり、卑下もする。しかしそれを読むことで力を得ているだれかがいるという確信はあるし、それは正しい。「自尊心が粉々になりそうなときに、ひとはどのようにして自分を支えるのだろうか」をテーマに人に会い続ける著者の自分語り。彼は何を支えに生きているのか。(2002.8)


『キーチ!!』新井秀樹著 小学館(2002.8刊)
新井秀樹はもう、あの『ザ・ワールド・イズ・マイン』以前には戻れない。戻らない。第二巻以降の急展開とそれを支える第一巻の豊穣さ。今この作家に同行しないなんてもったいない。(2002.8)


『たまもの』神蔵美子著 筑摩書房(2002.4刊)
普遍的なものを訴えることにこだわりたいので、あえて私的なことは作品にしない、とかつて友人の音楽家が話していた。が、それで彼の作品が普遍的なものになっているかというとそうでもないという結果がある。残念ながら彼の歌よりも露悪的なまでに自分を晒した本書の方が普遍的な輝きを得ているのは事実なのです。スゴイ本。(2002.8)

『A2』森達也&安岡卓治著 現代書館(2002.4刊)
実はこの映画と監督を招いて僧侶研修会を開く予定をしていた。それが急遽、諸般の事情により延期。その決定がくだされた時は怒りに震えてこの組織との絶縁も考えたが、しかしこの状況は何よりも『A2』的。来る機会へのネタの一つにしてしまおう。(2002.8)


『ゴーダ哲学堂 悲劇排除システム』業田良家著 小学館(2002.6刊)
下記の『イギリス人は「理想」がお好き』とセットで読むのもいいかも。たいていにおいて、悲劇とは単なる現実に過ぎないもの。それを排除したがるのは人間の習性ではありますが。全編が本気。第13話「IN MY LIFE」に一番心揺らされた。(2002.8)


『イギリス人は「理想」が好き』緑ゆうこ著 紀伊国屋書店(2002.3刊)
理想を求めることとあからさまな欲望充足、建前と本音、一見対立しているかに見えるこの両者がしっかり両立している彼の国。 「悲劇排除システム」は現実においても滑稽でしかない。(2002.8)


『物情騒然』小林信彦著 文藝春秋(2002.4刊)
この人の時事エッセイの魅力は第一に目利きの早さと正確さにあります。それがもっとも発揮されるのが芸に対する時。芸人の限界を見切った時の怜悧さは例を見ない怖さを併せ持ちます。昔の東京に関する情報量の豊富さにも感嘆。(2002.4)


『「おじさん」的思考』内田樹著 昌文社(2002.4刊)
冒頭に「『普通じゃない』国日本の倫理的選択」を持ってきたところに編集者の意思を見ました。「自分の国だけが助かればいい」という言説は卑怯でも何でもなく倫理的に禁欲的な選択である、という論に同意します。いま主流となっている新保守の立場とも違う実感言説に私は今一番説得されています。(2002.4)


『サヨナラ学校化社会』上野千鶴子著 太郎次郎社(2002.4刊)
「学校化」社会への批判とは学校の批判では全くない。学校的価値観をすべてに持ち込み、その責任を学校に押しつけようとするコスイ人々への批判である。自らの価値を主張できない大人(と目される人々)よ、まず「責任のまっとうな取り方」を考えて実践しませんか。(2002.4)


『「心の専門家」はいらない』小沢牧子著 洋泉社(2002.3刊)
「心のケア」なる言葉の落ち着きなさ、うさん臭さ。これも「グローバルスタンダード」の一端だったのだと理解したら腑に落ちた。「心の専門家」が「関係」を忌避した故に誕生した。今、世間で流布する「心」の正体を見極めなければ。(2002.4)


『ザ・ワールド・イズ・マイン』新井英樹著 小学館(2001.6刊)
驚いた。今までこの作品を私が知らなかったことに。
すべてが過剰。一読目は嫌悪感にせかされるように一気に読んだ。二読目はかなり印象が変わる。アクの強さはいささかも減じていないけれども。
マンガ以外では絶対に表現できない世界。世に現れたこと自体に驚愕すべき傑作。完結してからまだ1年経っていないのに、第6巻は出版社にも品切です。どういうことですか。(2002.3)


『20世紀少年』浦沢直樹著 小学館(2002.2刊)
この作家が同時代にいてくれたことの幸福を思う。(2002.3)


『21世紀への手紙』文藝春秋編 文春新書(2001.11刊)
つくば万博の際に15年先の元日に宛てて出した手紙が2001年1月1日に届けられた。その数304万通。自分宛てに出したもの、未来の伴侶に宛てたもの、宛名の人が亡くなっていることも、差出人が亡くなっていることもある。多くはたあいのない内容だが、人はそれに力づけられるのですね。それはかつて触れ合ったいのちとの共振が今も続いている証左。(2002.3)


『クルマを捨てて歩く!』杉田聡著 講談社α新書(2001.8刊)
おっしゃる通りです。でも、捨てるまではちょっと・・・。(2002.3)


『MONSTER』浦沢直樹著 小学館(2002.2刊)
作品の最大のキーワードは「名前」。人間の存在と尊厳を名前に凝縮させるというアイデアは、浄土真宗に生きるものにはあまりにも頷けてしまうのですが、どこから得たのか。
名作。それにしてもいったいいつごろからこのラストは用意されていたのだろう。恐るべし、浦沢直樹。
(2002.3)


『それは違う!』日垣隆著 文春文庫(2001.12刊)
ダイオキシンへの恐怖を煽る報道を敢然と斬る。問題とすべきは産業廃棄物の現実であり、一般廃棄物焼却炉の大規模高温化だとする。説得力あり。「ダイオキシン」恐怖のあまり焚き火も目の敵にするなどバランスを逸しています。焚き火が趣味という渡哲也への強力な援軍。(2002.3)


『社会的ジレンマ』山岸俊男著 PHP新書(2000.7刊)
「情けは人の為ならず」他の利益を考える事が自らの利益になることを実験に基づいて証していく。この本の読後から腹のあたりに発している熱。あれはたぶん勇気と呼ばれるものではないか。(2002.3)


『東電OL症候群』佐野眞一著 新潮社(2001.12刊)
心ならずも裁判なるものに関わるまではそこが理不尽と不条理といいかげんさの渦巻く悪所とは知らずにいた。いい経験をしましたが、この経験が生かされる状況はもう謹んでご遠慮申し上げます。にしてもこの東電OL裁判はなんですかね。裁判所に何も期待しなくなった私の目からしても堕ちきった精神しか見えないのですが。東電OL事件がさらした被害者の底しれぬ闇。それは現代を写す鏡であったことをさらに証した一冊。(2002.2)


『Universal sex』ホーキング青山著 海拓舎(2002.1刊)
身障者の性。かつて山田太一が『男たちの旅路・車輪の一歩』で提起して以来25年を経てまだ語られることが憚られがちなこのテーマは、しかし決して傍らに置かれるものではないことが認識されてきたことは確か。同テーマの『LOVE』(長征社)、『ラブ&フリーク』(文藝春秋)に比べて風俗店に力点が置かれているところが特色。性の困難というのは障害のあるなしを最も軽々と越えやすいテーマなのかも。(2002.2)


『精神科医はいらない』下田治美著 角川書店(2001.12刊)
明らかに精神を病みながらも本人が決してそれを認めないために治療の道が開けず、本人も周囲も苦悩を深めている例を、ただ今も複数例知っています。精神科に通うことが、風邪の治療と同様に語られる環境を作りたい。そのための要件は何だろう。精神疾患への基本知識を広めること、そして馬鹿な医者への適確な告発か。本書のような。(2002.2)


『ア○ス』しりあがり寿著 ソフトマジック(2002.1刊)
ここで展開されている狂気に、そして孤独に、いつかの記憶が呼び起こされた。痛い。(2002.2)


『富士山』さそうあきら著 小学館(2002.2刊)
静謐にして苛烈(帯コピーより)。まさに。
死の真横である者は安息しある者は蘇る。さそうあきら、ここまできたか、と溜息。でもどこまでいくのとは聞かない。どうでもいいですが、一作品中でバカ坊主が正信偈を読んでいます。(2002.2)


『本棚探偵の冒険』喜国雅彦著 双葉社(2001.12刊)
糸井重里氏に「本読むバカが私は好きよ」というコピーがあったと記憶するが、そんな彼女も「本買うバカが私は好きよ」とは言ってくれまい。だって本当にバカなんだもん。「本の雑誌」2002年2月号に載った名台詞「本は本当にお徳。触って楽しい、買って楽しい。いざとなったら読むことだってできるんですよ」にうなずける御同輩、いつか古書展でお会いしましょう。(2002.2)

 

 

 

2001年にお薦めした本

他力本願に生きる寺・延立寺

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