私の見ていた世界(2023.6)

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私が見ていた世界(2023.6)

解脱の光輪きはもなし 光触かぶるものはみな
有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ (浄土和讃)


今、NHKーBSで放送中のドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の原作者でコラムニストの岸田奈美さんは、著書『傘のさし方がわからない』(小学館)の中でこんな体験を披露しています。
三年前、新型コロナウイルスのワクチン接種がやっと始まった頃のこと。自身がワクチン接種をした経験をネットに書き込んだところ、多くの反響が寄せられました。主に、ワクチン反対論者からです。まだワクチンへの情報も少なかった時期。そういう考えもあるよなあ、とほとんどはスルーしていたのですが、中に、「ワクチンなんて広めないで!家族にも打たせないで!」と何回もしつこく訴えてくる投稿がありました。クレーマー。嫌気がさしながらも何か気になった岸田さんは、そのクレーマーに返信したそうです。なんでそんなことを思うのですか、と。
クレーマーのAさんは、お連れ合いを病気で亡くされていました。医師の指示のままに治療を進めたのに、苦しんだまま死んでいった夫の姿が忘れられず、以来、医師や薬への強烈な不信感を持つようになったというのです。
それを知った岸田さんはAさんにこう返信しました。「ワクチンの是非は別にして、Aさんの気持ちはよーく分かります。私も同じ経験をしていますので」
胸の奥に仕舞った思い
岸田さんは中学生時代に父親を病気で亡くしています。急性の心筋梗塞でした。病院に駆けつけると父親の兄弟が病院への不満を口にしています。それを聞いた岸田さんの目からも、その時の医師や病院の対応はとても冷たく、不十分に見えました。臨終を告げられた時には怒りが湧いてきたというのです。それ以来、その病院の近くを通ることさえ嫌になり、担当医師への憎しみは岸田さんの胸の奥にずっと仕舞われたままになっていました。
Aさんからの訴えにより、医師への憎しみを思い出した岸田さんは、その思いを母親に話します。「あの病院の先生、ひどい人やったよな」すると母親は、とんでもない、という顔をして「あの先生ほど優しい先生はおらんよ。いまでも名前を覚えてるわ」と言うのです。岸田さんの記憶と全く違うことを言う母。いったい何がどうなっているのか。
母が見ていた世界
そうして初めて、岸田さんはその時の模様を母親から聞くこととなります。思えば父の最期など、悲しさと悔しさでこれまで話題にすることはなかったのです。
父親は重篤で,生きて病院に着いたことすら奇跡的でした。でも医師は手をつくして、出来る限りのことをしていたことを母親は見ていました。危篤となった時、病院に向かっている娘さんにだけは、生きているお父さんに会わせてあげなければいけない、と医師は懸命の措置をしました。それにより、岸田さんは、お父さんに「ありがとう」と告げることができたのでした。
母親は「先生ね、パパの前で号泣してたんよ。力不足でしたって。こんなに泣いてくれる先生がおるんやって、わたしはうれしかった」と語ります。中学生の岸田さんには、医師の涙が目に入りませんでした。それだけ、自分のことで精一杯だったのです。
「誰かを恨むことでしか、わたしは、父の死を認められなかった」と振り返る岸田さん。当時の岸田さんにとって、「ダメな医師がもたらした死」は、悲しみを乗り越えるために必要な「物語」だったのでしょう。
クレーマーのおかげ
母親との思い出語りで、岸田さんは自分の記憶の見直しをすることとなりました。それは岸田さんにとって、嬉しく、また尊い経験だったに違いありません。では、その経験をもたらしたのは誰でしょう。クレーマーのAさんです。Aさんがしつこく岸田さんに抗議を送っていなければ、岸田さんはAさんの体験を聞くこともなく、それにより岸田さんの嫌な過去の記憶が掘り出されることもなく、その記憶が書き換えられることもなかったに違いありません。クレームを受けることは不快に違いありませんが、それにより、思わぬ恵みさえ与えられることもあるのです。だからクレームを歓迎しようと言っているのではありません。ただ、自分の想定というのは案外小さいものだとは思っておいた方がいいようには思います。
親鸞聖人のご和讃を思い出します。


解脱の光輪きはもなし
光触かぶるものはみな
有無をはなるとのべたまふ
平等覚に帰命せよ

解脱(すくい)の光に触れた者は皆、「有無を離れる」ことに導かれますよ、とお示しです。「有無」とは、「これは有る、あれは無い」という思い込み、決めつけです。そこから離れて、自分の記憶を見直したり、相手の主張の根拠を想像したりすることは、やがて、それぞれを認められる「平等」の覚りへつながると思うのです。(住職)■

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