健康なこと (1999.7)

「具縛」といふは よろづの煩悩にしばられたる我等なり (唯信抄文意)


 お盆です。
 最近はほとんどテレビを見なくなってしまった私(だからサッチー騒動には完全に乗り遅れてしまいました。いや別にそれが悔しいというわけではありません。決して)が、たまに見はじめるとはまってしまう番組がテレビショッピングです。メリハリの効いた口上も気持ちいいし、商品の魅せ方の見事さ(野菜カッターなんて、実際使うと番組のようには切れないんですよねー。ありゃたいした技だ)も何回見ても感心してつい電話番号を控えてしまいます。実際に注文することはめったにありませんが。
 あのスタイルはやはりアメリカが発祥なのでしょう。近頃は深夜の時間帯やケーブル放送などでアメリカのテレビショッピング番組がよく流れています。デモンストレーションの派手さはバラエティー番組そのもの。しかし商品のジャンルでは偏りがあって、車用品、洗剤、そしてダントツに多いのが、健康器具です。

不健康を忌避する不健康

 腹筋鍛錬、空中歩行、疑似クロスカントリー、ミニジムなどの独創的かつ珍妙なスボーツ器具に加えて、寝ているだけで脂肪を燃焼させるという怪しげな機械も。そういう品を選んで放送しているのでしょうが、それらを商品化するということ自体、アメリカ人の「健康」への並々ならぬ入れ込みが伝わってきます。
 聞くところによると、かの国では体型が仕事上大きなウエートを占めるとか。太っていると自己管理ができない奴とレッテルを貼られ、痩せていると貧弱で「強き国、アメリカ」の一員と見なされないというので、肉体改造に励むということです。彼らにとって「肉体」「健康」は、いわば自己アピールの「道具・武器」と位置づけされているのでしょう。
 一方、日本。健康への志向は同じく強いものがありますが、どうも質が違うようです。アメリカのように「成功」のため、というような単純なものではなく、「健康」ではなくなること自体への不安が見えてしまうのです。「健康」であることが当たり前。当たり前でないことへの恐怖。当たり前でなくなることは理不尽な事。でもそれって、かなり不健康な考えのようにも思うのですが。

病気のありがたさ

 イラストレーターの南伸坊氏は「健康」について、ちょっと面白い定義をしています。
「『病気になって、はじめて健康のありがたさを知る』と言う。『健康になって、はじめて病気のありがたさを知る』とは言わない。健康というのは、健康のありがたさも、病気のありがたさも、わからない状態であるらしい」
 病気のありがたさ、という言葉が新鮮です。南氏はもちろん、病気が素晴らしいとか、病気を望んでいるわけではありません。病気には一切の価値がないということはなかろう、というのです。熱があってボーッとした頭でいつもと違う考え方ができるのも面白いではないか、というのです。
 ここで、鈴木章子さんという方を思い出しました。鈴木さんは癌のために四十七歳で亡くなられたのですが、病の床で何編もの詩を書かれました。その中で癌を菩薩(自分を目覚めさせるために働く方)とさえ呼び、たとえばこんな言葉を残しています。
 どうしょうもない私をおもって この病いを下さった 
 おかげさまで おかげさまで 自分の愚かさが 少しずつ見えてきまして
 今現在説法の法座に 座らしてもらっています
   『癌告知のあとで』(探求社)より

なんでこんなに苦しいの

 時はお盆。お盆は正式には盂蘭盆といいます。盂蘭盆の語源はペルシャ語で死者を示すウルバンという言葉からきているという説もありますが、一般的にはサンスクリット語で「逆さに吊るされた苦しみ」を示すウランバナという言葉が元になっていると言われます。
 仏説盂蘭盆経というお経には、自分の子供を溺愛するあまりに地獄に落ちてまさに「逆さに吊るされた苦しみ」を受ける母親の姿が描かれます。母親は自らの思いに縛られて周りと断絶したために地獄に落ちたのでした。お釈迦様の諭しにより目を開かれ、苦しみからのがれることができた母親は、その身をもって息子に生の実相を伝えたのです。
 気に留めていただきたいことは、この母親の苦しみを「逆さに吊るされた」と表現していることです。想像するまでもなく、人は逆さに吊るされれば頭に血がのぼり、めまいがします。それより何より当然のことですが、眼の前すべてが逆さになります。
 常に頭に血が上り、物事を逆さにしか見られない。これ、私の姿ではありませんか。どうやらウランバナとは、逆さに吊るされた時の身体の苦しみを指しているのではなさそうです。常に物事をゆがんでしか見られず、そう見てしまうのは自分の方が逆さに吊るされているからということに気づかないでいることを「苦」と呼んだのでしょう。「苦」が何であるかを知り、自分の偏狭な見方が翻されたとき、そこには癌さえも拝んでいける世界が拡がっていくことを先の鈴木章子さんは教えています。■

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