「分かりやすさ」の罠(2020.6)


よしあしの文字をも知らぬ人はみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり     (正像末和讃)

 アメリカ全土で、黒人差別への抗議デモが広がっています。同時に、暴動が各地で起こっていることも報じられています。  6月7日にNHKで放送されたテレビ番組「これでわかった!世界のいま」は、そんなアメリカの現状とそれを生んだ背景の解説をしたものでした。その中で使用された1分20秒のアニメーションが番組の公式ツイッターに掲載されると、極めて差別的だとたちまち批判の声が上がったのです。市民からだけでなく、駐日米国臨時代理大使は公式ツイッターに「アメリカの複雑な人種問題に取り組もうというNHKの意図は理解できますが、残念ながらこの動画には、必要な配慮や注意が足りていませんでした。侮辱的でデリカシーに欠ける描かれ方をしています」と書き込み、NHKは謝罪とともに掲載を取りやめることとなります。
 アニメーションでは、白いタンクトップを着てヒゲをたくわえた黒人男性が登場します。見た目も乱暴そうな彼が荒々しい口ぶりで、暴動を起こした理由として、白人と黒人の経済格差が大きいこと、加えて新型コロナ禍により失業者が増えたことを訴えるのです。彼の背後には暴徒となって店を襲い品物を略奪する人びとが描かれ、全員が黒人です。それも、アフロへアーなど、「いわゆる黒人」を強調させて。「経済的に困窮している黒人たちが八つ当たり的に暴れている」と見えます。「黒人たちは怖い存在」というイメージを補強するものでしかありません。

  相殺しないで

 番組全体としては、このテーマに約26分あて、デモは、白人警官によって武器を持たない黒人男性が圧迫死させられた事件が起こったことへの抗議から始まり、事件は今回が特別ではなく、同様な例が過去何回も繰り返されてきたことが説明されてはいました。しかしその原因として「白人には黒人への漠然とした恐怖がある」ですませ、背景には「銃社会」があり、結論を「社会の分断」でまとめたのは、乱暴に近い単純化と思えてしまいます。  ちょっと古い数字ですが、アメリカでは二〇一五年の一年間で、武器を持たない丸腰の黒人が一〇〇人以上、警官に殺されています。その中には正当防衛とは言えないケースも多いのに有罪となった警官はわずか五人。「漠然とした恐怖」は免罪理由となりうるのでしょうか。あまりの非対称を「立場の違い」でまるめてしまうと、結果として、今回の抗議デモと暴動も一体として扱う形となり、正義と犯罪とが相殺され、どっちも悪い、残るのは「良心的な憂慮」だけ。

 『憲法修正第十三条』
 
 問題となったアニメは、放送されるまで局内から多くの確認をとっていたはずです。にも関わらず問題化されずに放送に至り、ネットへの掲載にもなったことの原因は、「分かりやすさ」への欲求にあるのではないでしょうか。私たちは物事を理解しようとするときに、「分かりやすさ」を求めます。「分かりやすい」をいいことだと前提しています。特にテレビの情報番組は「分かりやすさ」を使命としていると言ってもいいでしょう。そしてそれを実現する手段として用いられるのが、共有イメージと単純化です。そこに罠があります。共有イメージと単純化が特に人に対してなされたとき、そこからたちまち体温が奪われるのです。
 日本国内には固定化した「黒人」イメージがまだあります。まだまだ私たちは他民族他文化と触れていません。今回のアニメーションに多くの批難が寄せられたという報道がされてなお、反発する声も少なからず聞こえました。「あれがなんで問題になるんだ」「事実そのままをアニメ化しただけじゃないか」と。しかし、そこにある「事実」はもしかしたら「自分の頭の中にあるイメージ」ではないでしょうか。そのイメージを更新するそのひとつの材料として、『憲法修正第十三条』という作品をお薦めします。アメリカにおける黒人の歴史のドキュメンタリー映画で、ユーチューブで無料視聴ができます。

    分からないという礼儀

 「分かりやすさ」に抑制的であることは、自分が偏見から逃れる第一の方法と思います。分からないことは分からないままで扱いましょう。それはその対象や問題への礼儀でもあると思います。分かった気にならない、しかし投げ出さない。それは困難なことでしょうか。いえ、むしろ可能です。私たちは分かったと思うとそこから関心を離してしまいがちです。分からないから、持ち続けられる関心も関係もあるのです。そうか。「仏教って分かりにくいですね」と言われるのも悪くないことだったと思えてきました。それは違うか。(住職)■

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