同行者と先行者の存在が力になる(2017.3)


極重の悪人はただ仏を称すべし。我もまた彼の摂取の中に在り。煩悩眼を障えて見たてまつらわずといえども、大悲倦きこと無くして常に我を照らしたもう (正信偈)
 先日、ある会議に出席したときのこと。
開始予定時刻になっても、会場に来たのは私ともう一人の二人だけ。おかしいなと他のメンバーに電話をかけてみると「どうしたんですか。お待ちしていますよ」と。私が会場を間違えていたのです。  急いで移動をしたのですが、間違えたのが私だけではなくもう一人いてくれたことが気持ちの上ではずいぶん助かりました。「お互いしくじりましたね」と一緒に笑える人がいるのはありがたいものですね。

 しくじりだけでなく、病のときもまた、同様な経験をした方の話には力づけられることがあります。  手塚治虫氏や松本零士氏の下品なパロディで名を馳せているマンガ家の田中圭一氏は、10年以上もうつ病に苦しんだ体験をお持ちです。死さえ考えた当時の思いと経過に加えて、やはりうつ病にかかり、そこから抜け出せた人たちのレポートを集めた新刊書『うつヌケ』(角川書店)が評判です。
 ガンや糖尿病と並び、国民病とも言われるようになったうつ病。かつては、誰もがかかりうるという意味で「心の風邪」と表現されたこともありましたが、田中氏は強く否定します。そんななまやさしいもんじゃない。たしかに誰もがかかりうるが、命にかかわる病。例えるなら「心のガン」だと。しかしガンが不治ではなくなったと同じく、うつ病も不治ではない。いつかきっと出口を抜ける。そしてその道筋は人それぞれ。
 本書では大槻ケンヂ、代々木忠、宮内悠介、内田樹、一色伸幸など各界の著名人も含めた「うつトンネルを抜けた人たち」が、さまざまなうつ病体験を語ります。世間的には成功していると見える人でも、うつ病にかかるのです。そこから抜けだせたきっかけも、いろいろです。ある人は仕事から「逃げた」ことが、回復につながります。ある人は武道を通して身体を意識したことがうつ病脱出を助けます。いろいろな道の数はそのまま、希望の数です。
 険しい道を共に歩んでいる同行者がいること、そしてそこを抜け出た先行者がいると知ることは、足を前に進めるたしかな力になります。この本はうつ病克服の処方箋ではなく、いくつかの例示にすぎません。しかしその中にも数多くのヒントが込められています。うつ病だけでなく、生きづらさに悩む人にぜひ。 [住職]

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