恩師の往生に際して(2014.9)


大小の聖人・重軽の悪人、皆同じく斉しく選択の大宝海に帰して、念仏成仏すべし (教行信証)


 僧侶としての私の最大の恩師、信楽峻麿(しがらきたかまろ)先生が今朝(九月二十六日)、往生されたとの報が入りました。八十八歳になられたばかりでした。
 信楽峻麿という名前は一般にはほとんど知られてはいません。マスコミにもあまり登場しませんでしたし、一般向けの著書も数冊でした。 しかし、浄土真宗本願寺派の中ではこの四〇年間にわたって、非常に大きな存在感を示し続けた方です。ただし、非主流派の代表としてですが。

幅を認める眼

 今を去ること三十三年前。私は龍谷大学へ入って学びながらもずっと、仏教や浄土真宗の教えにあまり意義も魅力も感じられずにいました。したがって僧侶という仕事に就くことへも、寺に生まれたから以上の理由を見出してはいませんでした。
 そんな私の大学時代、宗派内を大きく騒がせていた教授がいました。信楽峻麿。主流の学説を批判したことが、問題視されていたのです。私が信楽ゼミを選んだのは、そんな空気への興味もあったように記憶します。
 入ってみると、ゼミは穏やかなものでした。学生たちによる卒論に向けてのレボート発表がほとんどで、先生はそれに少し的確なコメントとアドバイスをするだけ。でもそれが実に有難かったのです。テーマも掘り下げ方も、学生の興味と発想を尊重して伸ばそうとされるのが信楽ゼミでした。
 そんな中で、私は次第に仏教や浄土真宗への目が開かれ、僧侶であることや寺を運営することの意義への理解も育てられていきました。僧侶としての私の出発点に、信楽先生がいるのです。先生との出遇いがなければ、延立寺はまるで違った寺になっていたでしょう。

親鸞聖人にかえる

 信楽先生は、広島県呉市のお寺の住職を務める傍ら、龍谷大学で長く指導にあたられ、学長にも就任されますが、本願寺派ではずっと傍流・非主流の存在でした。本願寺派で現在説かれている教学は、親鸞聖人が説かれたこととそれ以降のいろいろな人が説いたことが一緒になっている、にも関わらずそれに整合性を持たせようと無理をしたために、浄土真宗の教えが分かりにくくなっている、と主張し続けたためです。それは宗派内主流派の猛反発を呼びました。
 さらに信楽先生は、従来の教学が誤っていることの端的な例として、アジア太平洋戦争中の僧侶や学者たちの言説を挙げ、痛烈な批判をしました。
 本願寺派は日清日露戦争以来昭和二十年の敗戦に至るまで、積極的に戦争協力をしました。戦場で死ぬことを奨励するために、親鸞聖人の言葉の読み替えさえしたのでした。その事実は戦後、反省も言い訳さえもなく、なかったことと埋もらされていたのです。それらを信楽先生は掘り起こし、親鸞聖人からの逸脱の帰結として必然的に戦争協力に至ったとの批判を精緻に展開しました。
 これについては時間はかかりながらも理解を広げていき、ようやく二〇〇四年に、本願寺派は戦争協力をしたことを公に認め、反省を表明するに至ったのです。

きびしさとあかるさと

 信楽先生は一貫して、浄土真宗を仏教の伝統の中心に捉えました。親鸞聖人が説かれた浄土真宗の教えは、迷いの只中にいる私を「目覚め」に導くものである、と押さえ、それは必然的に痛みと同時に喜びを伴う、と説きました。信楽先生は親鸞聖人を、仏教の本道の真芯を見極めて示してくださった方と仰がれたのです。
「真宗を学ぶということは、決して自分を強くするということではありません。自分が強くなるのではなく、かえって、そのことによって、いままでの自分がつきくずされてゆき、うちこわされてゆくということでなければなりません。いままでいろいろな理屈を学んで強くなっていた自分、そしてまた、さまざまに働いて、それなりに地盤と自信を身につけていた自分が、念仏の教えをとおして、何もかもつきくずされていくのです」(『この道をいく」)
「教えを学ぶことは『きびしさ』に生きてゆくこと。『きびしさ』とともに、それとひとつになってめぐまれる、人生の『あかるさ』であり『しあわせ』です。浄土真宗で語られる信心とは、『きびしさ』とひとつになった『あかるさ』『しあわせ』の体験をいいます」(『この道をいく』)
 信楽先生のことばを書き写しながら、本当にその掌の中で私は育てられてきたのだなと再認識しました。そして、これからも先生のお育ては続くこともまた再確認しておきます。
「異質なものを抱え込む。それが仏法を学ぶことであり、お念仏をもうすということです。仏法も念仏も、私にとっては、もっとも異質であり、もっとも厳しいものです。しかし、それを大切にして生きる。そして社会のさまざまな異質の人との出遇いをする。そのなかでこそ、人間は少しずつ育っていくのです」(『親鸞とその思想』)
南無阿弥陀仏。 ■

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