マトリックスの島(2012.3)


 海の性は一味にして、衆流入る者必ず一味と為り (教行信証)

この二月、私はハワイのオアフ島に五日間行ってきました。アーユス仏教国際協力ネットワークの主催で、目的は先住ハワイアン(ハワイに元々住んでいた人たちの末裔)や日系人の眼を通して人権と平和を考えるものです。私はこれまでハワイはハワイ島とマウイ島に一回づつ行っただけで、オアフは初めて。夕方の涼やかな風には思わず声をあげてしまいました。

「リメンバー」から「ノーモア」へ

 オアフではまず、アメリカンフレンズ奉仕団という平和活動団体のカイル・カジヒロさんにお会いしました。カイルさんは日系四世ですが、先住ハワイアンの歴史にも詳しく、文化・環境・平和など多角的な視点から軍事基地の縮小を求める運動をしていらっしゃいます。
 向ったのは観光客で賑わうパールハーバー。日本人向けガイドブックには「平和を願う施設」と紹介されることが多いですが、実際のここは、攻撃されたことへの悔しさを忘れず、それを燃料として愛国心を鼓舞させる装置だとカイルさんは断言します。暴力の連鎖を肯定して次の戦争を準備させるシステムだと。カイルさんはかつて日本へ行った時に靖国神社へ寄ったそうですが、そこにある戦争資料館「遊就館」に同じ空気を感じたとおっしゃいます。
 パールハーバーには太平洋戦争の経緯を示した記念館があります。ここは一昨年にリニューアルされたばかりで、その際には展示内容に多くの議論があったそうです。それにより、以前は単にアメリカの被害性正当性のみを主張するばかりでしたが、リニューアル後は、ハワイ史の展示や、広島原爆のパネルが新たに加わりました。ただし、原爆は戦争を終結させた正義の武器とも受け止められる表示でしたし、記念館の出口近くに目立たず掲げられているハワイ史のパネルには、「一八九三年にハワイ王朝は倒れた」とそっけなく記されています。「倒れた」のはアメリカの侵攻によるのですがそれは読み取れません。でも、これらの小さな一歩を積み重ねることが、現実を変えることにつながるのでしょう。

 墓地を標的に

 パールハーバーからオアフ島の西岸に進み、さらに北へ行くとマクア渓谷があります。
 ハワイアンの神話の舞台であり、遺跡もあり、墓地もある美しい場所ですが、ここをアメリカ軍はなんと50年にわたって演習場として破壊してきました。現在は市民の抗議によって実弾演習は行なわれていませんが、立ち入りは制限され、環境汚染も広がったままです。アメリカ軍がそんな暴挙を長年にわたって続けられた根底には、先住ハワイアンへの差別・蔑視意識に基づく文化と歴史への軽視が見られます。
 それらを始めとする基地による先住ハワイアンの不利益は、国内問題であるため、外に伝えられることがあまりありません。これは、現在進められている沖縄海兵隊のグアム移駐による先住民の不利益も同様です。しかも、基地は経済上も地元を支えているということもあり、それらの小さな声は意識しない限り耳に届くことはありません。

 慈善ではない活動

 ハワイの基地問題を学んだ次の日は、ホノルル市内にあるモイリリ本願寺に参拝しました。
 まず重誓偈の読経。日本でのお勤めと全く変わりませんが、お経本が横書きで、ローマ字がふってあります。
 その後、ここを拠点にしている「プロジェクト・ダーナ」に同行しました。日系人の高齢者や身体障害者に対する在宅訪問や介護者支援、電話相談、買い物等の送り迎えなどのボランティア活動です。「ダーナ」は慈善ではなく、相手への敬いの気持ちに基づくとのこと。
 私がうかがった先は70代半ばの女性。ずっと日本で仕事をしてきましたが、退職してからハワイに来て、今は一人暮らし。一時間ほどの間、話題を少しずつ変えながらもほぼ一方的にお話をされました。私が僧侶と聞いてからは宗教論議。玄侑宗久はデビューの頃からお気に入りとのこと。同行した方によれば、始めに今日は何時まで、としておかないときりがなく話が続くとか。話の内容も大変知的で、頭がきれるのには舌を巻きました。言うまでもありませんが、高齢者といっても、日系人といっても、一様ではありません。

 リゾートは仮想現実

 基地を案内してくれたカイルさんはこう言っていました。「ハワイはまるで映画『マトリックス』の世界だよ。観る角度によって姿を変える。リゾートハワイは仮想現実の一つに過ぎないんだ」。日本ではフラダンスのブームが続き(今回お会いしたハワイアンで、フラを踊れる人は一人もいませんでした)、ハワイアン音楽も親しまれていますが、それはハワイのほんの一面しか伝えていないようです。私も短い旅から帰ってきて改めて関係書を読み進めていますが、日本と浅からぬ縁を持つこの島へ、別の関心も持つことは意義深いと確信します。■


 

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