よく、私の上に「絶対に」なんて付けちゃうけど、 (2003.6)


わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし(歎異抄)


 この春、PTAの役員として新入児童の入学受付を手伝っていたときのこと。
 受付開始は午前十時。スーツ姿のお母さんたちが次々とおみえになる中、妙に軽い態度と風体の父親が受付に現れました。歳は三十代後半、茶色の長髪に日焼けサロン仕込み風の顔色、ジーンズのジャンパーをラフに羽織って。お母さんたちにも知り合いが多いらしく、他の保護者や先生方にもなれなれしく話しかけています。平日の昼前にこいつ何やってんだろう、といぶかしく思っていたのですが、私の横で同じく受付の手伝いをしていた役員から耳打ちされました。「あ、あの人。例のお医者さん」「え、彼が?」
 実はその受付の合間に、こんな噂話をしていたんです。今年の入学児童の父兄にお医者さんがいる。その経歴がめずらしい。全く畑違いの仕事をしていて妻も子も持ちながら突如医師を目指し仕事を辞めて大学に入り直し、見事思いを遂げて現在八王子の病院に勤務中だと。いやあよほど意思の強さと使命感を兼ね備えた人なんだろうなあと感心していたその人が彼だったの?
 そうして見直して見ると、さっきまで軽い奴だな馴れ馴れしいなと思っていたのが、とても気さくだなあ親しみやすいなあ患者さんには余計な緊張を与えなくていいなあと、ころっと好感へ反転してしまったのには我ながら驚きました。
 私、今まで自分のことを、人を肩書きで態度を変えたり外見で判断するなんてことは絶対しない人間だと自負していたのですよ。とんでもない。私の人間理解なんて本当に浅いものだと暴露された経験でした。
 自分は絶対にこんなことはしない、するわけがないという自信なんて、あまり持たない方がいいかもしれない。

あてにならない私

 五月はじめ、イラク攻撃の取材を終えた新聞記者がトランクに入れていた不発弾が爆発するという死傷事故がおきました。およそ考えられない前代未聞の出来事にほぼ全マスコミ及びネット上の掲示板は彼の行為を非常識、非定見と叩きました。私も例にもれず、大バカ野郎、国辱もの、と口にした記憶があります。
 しかし少し事情を追っていくにつれ、これ、私もおそらくやっていた事故だったなあと思うにいたりました。かの記者を庇おうとか罪を減じようというのではありません(特に「特赦」を適用されたのには複雑なものがあります)。私の「常識」は記者をバカと言えるほどのものがあったのかと問わざるをえなくなったのです。


「常識」と言うけれど


 彼が持ち帰ろうとしたクラスター爆弾、それを記者は不発弾ではなく爆発後の破片と思い込んでいました。クラスター爆弾がどういう形態の物であったか。この事件以前に日本で報じられていたそれは、もっと大ぶりのものです。戦場の取材体験を持つジャーナリスト辺見庸氏は、事件に先立つ二ヶ月前、雑誌のエッセイでこう書いています。「クラスター爆弾とは魚雷のような形の筒に、缶ビールほどの大きさの子爆弾が数百個詰められて」。それに対して空港で爆発したのは直径三センチ高さ五センチ。掌に隠れる小塊は日本人記者の目からも、ヨルダン人の助手の目から見ても、爆発後の部分と判断されるものでした。
 たとえ本当に破片であったとしても戦場から物を持ち帰ることは非常識との非難もありました。特に劣化ウラン弾が使用された今回はそうなのでしょう。しかし破片をもって戦場の悲惨を語らせる手法も私は貴重と思います。先に紹介した辺見庸氏は戦争の取材体験の報告講演時に、戦場から持ち帰った爆弾の破片を聴衆に回すそうです。すると手にした聴衆の少なからずが、破片を胸にあて、あるいは額にあて瞑目して何事かに思いを馳せているとのこと。
 これは私も分かります。地雷廃絶を訴える集会に行くと必ず地雷の破片が置いてあります。地元の子どもの手や足を切り裂いた破片の重さは、これが使われている世界はいかなるものかと胸に沈みゆきます。実物に触れることで伝わるものがあるのは確かなのです。自分が戦場で見た物事をより実感と共に伝えたいという思いが死傷事故を引き起こしてしまった、と言うのは情緒的に過ぎるでしょう。もちろん無知と軽率さは充分に責められなければなりません。ただ私は、自分を高見に置いて彼を責めることはできません。


わがこころのよくて


 歎異抄のあまりにも有名な一節「わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし」を思い出します。
 私が殺人を犯さないのは私が善人だからではない。私が殺人を犯したくないからではない。そのような縁がなかったからにすぎず、同じ私が場合によっては、多くの人命を奪うこともありうる」という親鸞聖人の指摘は、それが人間だ、だから仕方ないとの達観や罪の減免を目しているのではありません。ここにあるのは何事もやりかねない私を、謙虚にではなくリアルに透徹した眼です。
 「われらがこころのよきをばよしとおもひ、悪しきことをば悪しとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざる」私の、ある意味で立派な在り様の危うさを指弾してくれる貴重な声が今響きます。

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