1999年3月

 前回、寺族女性会の「手話入門」の話を書いた時、住職に言われたんです。「普通こういうものは、入門しましたって 終ってから書くものじゃないの」って。だから私は冗談半分に「うちの子のことだから、当日になって具合悪くなったりしてね」って笑っていました。まさかそれが現実になるなんて。
 事のおこりは やっぱり二男潤。熱やら咳やら下痢やらでともかく入院したら 次の日なんと『はしか』。
 けっきょく一週間入院して 退院してきたのが月曜日。寺族女性会はその週の金曜日だから 余裕でセーフかな、なんて思っていました。思惑通り潤は順調に回復していったのに、今度は長女夏菜の様子がおかしくなりました。うつったんだ、ぜったい潤のがうつったんだ。
 金曜日、とりあえず「寺族女性会」に行く支度をして、潤の外来診察へ。夏菜は静かにおばあちゃんとお留守番。潤の診察は無事クリアーしました。さあ寺族女性会へ。でも念のためとうちに電話を入れると、おばあちゃんの悲鳴のような声。夏菜がぐったりしているって。あわててうちに引き返し夏菜をつれて病院へ(潤と夏菜は病院が違います)。熱をはかるとなんと四十度。ここであ〜あと涙をのんであきらめて、会所のお寺へ電話。「言い出しっぺなのにごめんなさい」
 そのあといろいろあってけっきょく潤のお世話になっている都立小児病院へ入院。
 やっぱりねー。病気持ちの子と生後六ヶ月の赤ん坊かかえて母親の私にそんな時間はあるわけありませんでした。お母さんはどんとかまえて、自分の事より、子どもたちのこと考えなくちゃ。
 「今は母親に専念するの」と言ってあれもこれもみんな断って 一生懸命お母さんしている人を知っています。でも私にはその覚悟がない。隙あらば、もしかしたらって、ついフラフラしてしまいます。
 ごめんネ、子どもたち。こんな母親のもとに生まれてきたのを不運と思ってあきらめてね。
 夏菜がはじめての入院をしたのは三月三日、初節句の日。夏菜、お嫁に行けなくてもいいから、退院してくるまでお雛様に座っていていただこうね。

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