2009年7月

 次男潤が二泊三日の宿泊学習に出かけていきました。
 特別支援学級の仲間たち二一人での合宿は大変だけど、子どもたちはみなとっても楽しみにしています。去年は荷物もあるので、自動車で送り迎えしたのですが、今回は一人でパスで行くとのこと。そういえば迎えに来てとはほとんど言わなくなりました。
 たぶんいつまでも私のそばにいると思い込んでいた潤が確実に自立への道を歩き出しています。顕や夏菜は覚悟していましたが、潤だけはと思っていたのでちょっとショックです。

 小学校五年生の夏菜たちは八王子市の体力テストがありました。その体力テスト、けっこうめんどくさいようで、担任二人では足りなくて、専科の先生たちや副校長先生も動員されて行われたそうです。
 すべてが終って、それでは、お手伝いくださった先生方から一言ずつというわけで、音楽の男の先生が子どもたちに「皆さん、おつかれさまでした」と一言。そこで担任の男の先生が「みんなも」と声をかけると、子どもたちは元気よく「おつかれさまでした」。
 専科の先生たちや副校長、もう一人の担任は大爆笑。
 「みんなも」と声をかけた担任は大あわてで「ありがとうございました」だろ、と。
 すぐに担任の号令で「ありがとうございました」とやり直ししたそうですが、夏菜いわく、「みんなも」と言われたら「おつかれさまでした」って言うでしょ、とのこと。
 たしかに先生に向って「おつかれさま」はないよなっていうのは大人の感覚かもしれません。子どもたちは素直に繰り返しただけでしょう。しっかし、小学校の先生は大変ですね。

 寝室においてあるテレビが、とうとう壊れてしまいました。
 サイドに貼ってあるシールには「九三年製六月〜九月」と書かれてあります。まあ、寿命か、しかたないかと思っていると高一の長男がポツリ、「このテレビ、ボクと同い歳だ」。そう、長男は一九九三年七月一四日生まれ。まさしく同い歳。
 寿命をまっとうしたテレビくんと青春を謳歌している高校生。言いたいことはいっぱいあるけれど、ぐっと飲み込んだ母でした。(直子)

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